(社)日本印刷産業連合会「Printing Frontier 21」より

印刷産業における
環境間題のポイント

(前)

 

 

1. 環境問題は経営課題

 

環境問題への対応とは、一昔前は発生させた汚染事故等、結果に対する対処が主であった。しかし、今は未然防止の観点から、環境問題に対してより積極的に対応することが求められ、対処すればよいという消極的な姿勢は問題となる。それだけ、社会の環境問題に対する目が厳しくなってきており、環境問題は21世紀に入った今、できるだけ早く解決しなければならない重要な課題であると言える。

 

1−1 環境問題の大きな動き

 (1) 大量生産、大量消費、大量廃棄から循環型社会へ

 今日までの日本の社会は、大量生産、大量消費、大量廃棄のもとで発展してきた。その結果、私たちの生活が豊かになる一方で、天然資源の枯渇や廃棄物処分場の逼迫、さらには廃棄物の不法投棄による環境破壊などさまざまな問題が発生している。このような背景のもと廃棄物関連の法律が改正され、廃棄物の排出者責任が拡大・強化される一方、拡大生産者責任も含めた循環型社会に向けたリサイクル関連法規の制定・改正が進められている。

 (2) 長期的視野にたった未然防止

 これまでの環境問題への対応は、公害問題など目に見えるあるいは因果関係がはっきりしている問題を中心に進められてきた。しかし今日の社会は、さまざまな化学物質を使用しエネルギーを消費することで、地球規模での温暖化やオゾン層の破壊、環境ホルモンやダイオキシン類の問題など、因果関係は明白ではないが人類に深刻な影響を与える新たな問題も発生している。
 このように必ずしも因果関係が解明されていない環境問題に対しても、長期的視野にたった未然防止の観点による取組みが必要となっており、化学物質の管理強化やダイオキシン類に対する新たな法律も整備されるなど、法的な枠組みも急速に整備されてきている。

 

1−2 環境問題への関心の高まりを受けた企業の動き

 (1) 環境に配慮した製品へのシフト

 最近の環境問題への関心の高まりから、環境に配慮した製品への需要が高まっている。リサイクル可能な製品や再生素材を用いた製品、また省エネ型機器など環境負荷の少ない製品への需要の高まりや、環境に配慮した製品であることを示す「環境ラベル」の普及など、環境に対応した製品であることが商品の差別化につながることを多くの企業が認識しはじめている。環境は企業経営にとって負荷になるだけでなく、新たなビジネスチャンスの拡大につながることも認識すべきである(図1)。

図1 エコマーク商品類型数と認定商品の推移
図1 エコマーク商品類型数と認定商品の推移

 (2) 環境に配慮した企業への転換

 環境問題への対応を企業経営へ積極的に取り入れていこうとする動きも活発化している。環境関運の法規制のクリアはもとより、環境負荷の少ない製品の開発、製造工程での廃棄物削減や省エネの推進など、環境負荷の低減に配慮した生産活動やこれに対応するマネジメントシステムとして環境ISOの認証を取得する企業も増えている。さらに最近の傾向としては、環境への配慮が資材調達にまで及ぶ企業が増えてきており、環境に配慮した企業から率先して資材等を調達するいわゆる「グリーン購入」の動きなども活発化してきている。

 (3) 環境に配慮した企業への評価・格付け

 最近の新たな傾向として、企業評価や格付けが企業経営にとって無視できないほど大きな影響を持つようになっており、環境問題への取組みもその重要な評価項目の一つになっている。さらに、環境に関連した情報の積極的な開示や、環境配慮に対する企業としてのアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことなども、社会的な要請として増大しつつあり、企業にとって無関心ではいられない状況になってきている。すでに国や自治体をはじめ一部の企業では、発注に際して製品の環境負荷を含め環境に配慮している企業であることを評価し、購入製品や取引企業として選定する条件の一つとするところも現れている。また、環境対策に熱心な企業の株式に集中投資する「エコファンド」なども現れており、企業評価や格付けの影響は今後ますます増大する可能性があると言える。

 (4) 経営課題とビジネスチャンスとしての環境間題

 このように今、「環境」をキーワードとして社会が大きく変化しようとしている。すでに「環境対応」をキーワードとした製品の選別や取引企業の選択が始まっており、取引先のグリーン調達の動きとも関連して、受注産業である印刷産業にとっても環境問題への対応は、最優先で取り組まなければならない現実の問題として認識する必要が強まってきている。今や企業経営にとって「環境問題は経営課題そのもの」であることを認識すべきであり、「環境に配慮しない事業活動は市場競争力を失う」時代が近づきつつあることに十分注意する必要がある。
 一方、このような動きを的確につかみ柔軟に対応していくことが商品の差別化や企業評価の向上、さらには技術開発等に伴う新たなビジネスチャンスにもつながることを認識する必要がある。

 

1−3 印刷産業の特徴と環境対応

 (1) 印刷は生活に密着した産業

 印刷産業の特徴として、人口が密集し情報が集まる都市部に多く「都市型産業」であると言われている。また、その製品の受注の形態から「受注産業」であることも特徴の一つである。印刷産業はこれまで印刷技術を核として、商業・出版印刷、事務用印刷、包装印刷、建装材印刷、ビジネスフォーム、そして電子部品関連分野など、多くの分野に顧客をもつ産業として発展してきた。また、大手と多数の中小企業で構成される非常に裾野の広い業界でもある。
 その製造工程では、顧客の求める製品に合わせてさまざまな資源やエネルギー、薬品、溶剤などを消費し生産が行われている。また、印刷機などの生産設備の高能力化が進められ、大量にしかも高速で生産することも可能になってきた。このように、印刷産業はそもそも大量生産、大量消費とは切り離せない産業であり、供給する多くの製品が日常生活に密接に関連していることから、リサイクル問題や廃棄物問題などの環境問題への取組みが注目されている。

 (2) 印刷業界の環境負荷

 印刷業界は大量生産・大量消費の時代を背景に、近年、目覚しい発展を遂げてきた産業であるが、そこでは多くの紙やフィルム、インキなどが消費され、製品が出荷されるとともに廃棄物なども発生している。印刷業界の環境負荷をまとめたものを図2に示す。投入されたさまざまな原材料が生産工程を経て、廃棄物、排水、二酸化炭素などとして排出されていることがわかる。最近の環境問題への社会的な意識の高まりを背景に、これらの環境への対応が注目されていることがうかがえる。

図2 印刷産業における製品製造(含む事務部門)に伴う環境負荷の現状(平成9年)
図2 印刷産業における製品製造(含む事務部門)に伴う環境負荷の現状(平成9年)

 

 

2. 環境間題の動向と対応

 

2−1 法規制による環境の保全

 (1) 環境関連の法規制は強化される動き

 最近の環境関連の法規制では、循環型社会に向けた個別法の制定、『廃棄物処理法』の管理強化に向けた改正、温暖化対策の推進を含めた『省エネ法』の改正など、急速に環境関連法規の整備が進められている。さらに『ダイオキシン類対策特別措置法』や『PRTR法』など、これまでにない新たな法の枠組みが制定され、めまぐるしく変化している。今後もこの傾向は続き、環境面における法的な枠組みはさらに強化・整備されることが予想されることから、その動向には十分注目していく必要がある。

 (2) 大気、水質、土壌汚染に関する規制

 大気、水質、土壌などの汚染は、直接人の健康に関わる問題であるため、従来から法律に基づき規制されてきた。最近の法改正では、『大気汚染防止法』で有害な大気汚染物質に該当する可能性のある物質として234種の物質があげられ、そのうち排出抑制が必要な「優先取組物質」(表1)として22種類の物質が定められた。当面は、この22種類の物質のうち13物質(表1の※印)について企業の自主的な排出抑制が求められているが、自主的な取組みで効果が上がらなかった場合は法律で規制することもありうるというこれまでにない手法(自主管理手法)でスタートした。印刷産業界においてもジクロロメタンなど該当する物質に対して、業界の目標を設定し自主的な排出抑制に取り組んできたところである。具体的には、大気への排出抑制に向けた管理面での強化や他の物質への代替化、除去装置導入などの対応を行ってきた。この自主管理については実効をあげたものとして評価されたが、今後ともPRTR法への対応とともに取組みをさらに進める必要がある。
 また、水質に関しても法規制対象物質の候補物質として「要監視項目」(表2)が定められ、国が水質中の濃度のモニタリングを進めている。今後、これらの物質が『水質汚濁防止法』の規制対象になることや、さらに「要監視項目」自体が拡大する可能性もあり、大気と同様の対応が必要となる。また最近の改正では、油の流出事故に対する報告義務や、地下水の汚染に対するものとして浄化措置に関する項目が加えられ、漏洩事故に対する管理強化が求められており、対象物質の流出防止はもちろん、事故時の早期発見、万一の事故に備えた拡大防止などの対策を進める必要がある。

表1 優先取組物質              表2 要監視項目
表1 優先取組物質          表2 要監視項目

 (3) 騒音、振動、悪臭への配慮

 印刷産業は「都市型産業」であるため、製造工程の周辺に民家も多く、市民の日常生活とも密接に関わっている。しかし企業といえども特別な存在ではなく、地域における「一企業市民」であることを認識する必要がある。騒音や振動、悪臭問題は人によって感じ方が異なるため、特に周辺に民家の多い都市部の印刷企業においては、操業に伴うこれらの影響については十分な配慮が必要である。
印刷機や空気圧縮機は、騒音や振動の発生施設として届出や規制基準の遵守が求められている。騒音や振動問題への対応は発生源としての対策が重要であり、その意味では装置メーカーによる低騒音・低振動型の装置開発に期待するところが大きいが、適切な防音対策や防振対策を施すことはもちろん、装置のメンテナンス不良や防音・防振対策の管理不備による場合も、これらの問題が拡大する要因となるため注意が必要である。また、製品の入出荷に伴う騒音や振動、フォークリフトやトラックなどの車両の運行に伴う騒音や振動もあり、車両の整備や構内路面の整備など「一市民」の立場にたった配慮が求められている。
 また、オフセット輸転機の乾燥排ガスやグラビア溶剤などは、「悪臭物質」の規制基準の遵守が求められている。悪臭問題は印刷産業にとって近隣苦情につながりやすい問題であり、騒音や振動と同様に適切な管理が不可欠である。溶剤などの不用意な取扱いや保管に伴う発散を防止する一方、燃焼処理や回収処理などの排ガス処理装置の導入が有効な手段である。この場合、装置の維持管理が重要であり、触媒や吸着材の劣化防止、ダクトからの漏洩防止など日常的な管理が不可欠である。なお、これらの装置はエネルギー消費の増大にもつながるため、省エネタイプの装置開発や廃熱の再利用など、より効率的な処理システムの構築が望まれ、関連する装置メーカーとの連携が今後のポイントとなる。

 (4) 社内体制の整備と情報収集

 環境関連では、法規制の強化により新たな設備的な対策が必要となったり、社内の体制を整備する必要が生じることがあるため、早めの情報入手並びにその対応が重要である。法規制に対しては、新法の制定や既存法の改正に対して動向を的確に把握し、速やかに対応することが重要である。そのため、まずその情報の入手ルート並びに入手方法を確立する必要がある。さらに法の求めている内容を的確に理解し、遵守状況を内部監査や自主点検などで定期的に確認することが今後の対応として重要となる。
 今日では、インターネットを用いたさまざまな情報発信が活発に行われており、法規制だけでなく廃棄物、エネルギーなど環境問題に関連した情報もネット上に溢れている。これらの情報は企業規模にかかわらず容易に入手できるため、今後情報収集や情報発信のツールとして、またデータ処理の迅速性においてもますます有効な情報ツールになり有効に活用していくことが効果的であると考えられる。

 

2−2 循環型社会に向けた動き

 (1) 循環型社会形成推進基本法の制定

 21世紀を迎え、地球環境の悪化が懸念されるなか、これまでの生活様式を改め循環型社会に転換する必要性が世界的に強まってきている。日本国内においても2000年5月に『循環型社会形成推進基本法』が制定され、リサイクル社会の実現に向けて動き出した。
 この法律は、廃棄物等をすべて「循環資源」としてとらえて発生抑制を行い、循環的な利用をすべきだという基本的考え方にたっている。廃棄物処理・リサイクルに関して3R(リデュース、リユース、リサイクル)の推進が求められ、処理の「優先順位」が始めて法制化された。そこでは、まず廃棄物等の発生抑制・削減(リデュース)に取り組み、次にできるだけ再使用(リユース)し、リユースができないものはマテリアルリサイクル、さらにマテリアルリサイクルもできなければ焼却処理に併せて熱回収(サーマルリサイクル)を行い、最後に残ったものを適正処分するというように優先順位が示されており、廃棄物の削減・リサイクル化を求めている。また廃棄物となる製品を作った企業に対して、一定の範囲で廃棄物を回収・再利用する責任があるとし、従来の排出者責任に加え、「拡大生産者責任(EPR:Expanded Producer Responsibility)」の考え方が一般原則に盛り込まれたこともその特徴の一つである。

 (2) 個別リサイクル法の整備

 今回、循環型社会へ向けた基本法が制定されたこととあわせて、関連する法律にも動きが見られた。リサイクルに関しては、1991年に『再生資源利用促進法(リサイクル法)』が制定され、その後1995年に廃棄物の埋立処分場の逼迫を背景として『容器包装リサイクル法」が、さらに1998年には『家電リサイクル法」が制定された。そして2000年には循環型社会の構築に向けて、従来のリサイクル法が3Rの観点から強化され『資源有効利用促進法』に改正されるとともに、建築廃材のリサイクル化を目的とした『建設資材リサイクル法』、食品廃棄物のリサイクルを目的とした『食品リサイクル法』も制定された。また、国の調達においてリサイクル製品の需要を促進する必要から『環境物品調達推進法(通称:グリーン購入法)』も制定された(図3)。
 このように各種リサイクル法として、「拡大生産者責任」の概念が急速に浸透してきている。この動きは、新法の制定や既存法の動向に顕著に現れており、環境問題や製品安全を背景に生産者としての責任がまさに拡大していることを認識すべきである。

図3 循環型社会形成の推進のための法体系
図3 循環型社会形成の推進のための法体系

 (3) 資源の有効活用:廃棄物の極小化

 資源や素材を無駄なく使用することは、環境問題への対応の観点からも重要である。廃棄物問題はコストの問題とも関連して、これまでも身近な環境問題として多くの企業がその削減に取り組んできた。
 製造の工程内で発生する廃棄物については、まずその極小化が重要である。そのためには発生源の対策として廃棄物を発生させない取組みが不可欠である。良品率を高め歩留まりを改善する取組みが、資源保護や廃棄物削減の観点からも有効な手段となる。これまで以上に生産性を上げ無駄をなくす努力が廃棄物の削減につながることになる。印刷産業では、紙をはじめ早くから素材や資源のリサイクルが確立され、排出された多くの不要物は有価物としてリサイクルされてきたが、今後は不要物を極小化する観点から、関連業界とも協力し廃棄物を極力発生させない生産方法の確立が望まれる。

(次号へつづく)



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