■第12回:「生活に密着した茶色」
戸津川 晋(東洋インキ製造株式会社・広報室)
茶色は、赤や青のように「色」の名前としてはそれほど頻繁に用いられませんが、色味はオレンジの境目から墨の境目まで、実に幅の広いものです。
茶色はまた、ブラウンという色名でも表されますが、なぜかブラウンと言うと「茶色」と表現するよりも、何とはなしに明るく、鮮やかでオシャレな感じを持つ人も多いようです。
茶色の表現は、まさに「お茶」の色であり、液汁の色そのものを言い当てております。渋さや落ち着きの色の代名詞とも言え、普段の生活ではあまりにも身近にあるためか、茶色はややもすると無意識に用いられる和名色の一つです。
例えば、少し昔の伝統的日常生活をみると、日本のいたるところで茶色文化が栄えていたことがわかります。
日本の茶色の基本は、土の色や枯れ葉の色、また栗などの果実、さらには住居や什器などの日常品、そして侘・寂・渋などに関わる文化まで茶色は深く生活に浸透しています。 また、日本は比較的四季がはっきりしているところから、季節と色合いを結びつけることが容易なことも茶色の印象と使用範囲を広げているのかもしれません。
具体的な形をみても、家屋は土壁と木材の柱に板割屋根、床は葦簾といずれも茶色の世界です。
食では竹の箆(へら)に木椀、鍋の蓋までが茶であり、そして箸は竹あり杉あり柳ありでこれもすべて茶、極めつけは食事をするテーブルを卓袱台と言い、字こそ違うものの「チャ」というオンに何となく納得してしまいます。
素削りの木椀で茶粥を啜り、沢庵の古漬け、これはまさに茶色食の極みと言えるでしょう。
着衣の面でも菅笠に、藁蓑。足には藁沓や草履が用いられ、これらも素材の色を生かした茶色系でできています。このような出で立ちで手には竹竿、腰には魚籠これも茶色の世界です。
このように日本の衣食住の大半に茶色が用いられ、静謐、雅趣、穏和さらには閑寂などの言葉がふさわしい日本の茶色に対し、ヨーロッパ、特に地中海沿岸は、石を素材とした住居に白いペンキを塗ってあり、食の部分でも銀や白金さらにはピュータなどの皿や食器具が用いられ、日本のそれとは趣を異にします。そして皿に盛られた白いパン。パンの表面は茶色の部分もありますが、大部分は白です。
衣に関しても、絹と綿と革を用いる文化があり、履物で革靴の茶、革の外套の茶はあるものの、洋服など着る物の大部分は白系統が多く、日本の茶色の使用度合いよりかなり少ないものです。
温帯気候に属する日本は温和な民族で、好む色も昔から鼠系統の色と茶系統が多く、また染め物にしても、得やすく使いやすい植物が豊富であったことから、ヨーロッパの鉱物や生き物の死骸を用いたものと異なって、植物素材色の染め物を多く見ることができます。
植物素材の染め汁は大半が茶色系統であり、したがって染め物の代表とも言える藍系統も色数はありますが、染め物の色の数は茶色系統がより多く、色名の多いことに驚きます。
ここで、茶とつく色名だけを掲げてみましょう。読者のみなさんは何色ご存じでしょうか。
焦げ茶色、薄茶色、渋茶色。どうでしょうか。焦げ茶色は誰でもわかりますね。さらに、白茶色、さび茶色、鶯茶色、金茶色、団十郎茶色、鶸茶色、利休茶、色路考茶色。もう、色目と色名が一致することができる人はほんの少数だと思います。
もっともっと茶の色名はあります。山吹茶、南蛮茶、江戸茶、媚び茶、黄枯茶、丁子茶、栗皮茶、どうでしょう。ずいぶん多くの茶色がありますね。さらに茶のつく色名があるのですが、ここまで読まれてオヤと思われた方も多いでしょう。
それは、茶色は植物や動物の名に由来するものが多いことです。しかし、どちらかというとやはり、植物に関わりのある茶の色の方が多く、栗皮茶や丁子茶、山吹茶などは、まさにそのものズバリの色名です。
茶色のなかで、面白いのは歌舞伎役者の名前を用いた茶色で、ここには梅幸茶色、岩井茶、璃寛茶、路考茶、団十郎茶、芝翫茶などの茶の色があります。これらの色は主に衣装の色から名付けられたもので、例えば、路考茶は二代目の瀬川菊之丞という女形が用いた茶で、菊之丞の俳名が路考であったことからこの名がつきました。
また、食べ物と勘違いしそうな茶の色名もあります。お酒を召し上がった後に、よく梅茶漬けを召し上がる方がいらっしゃいますが、この梅茶と同じ色名の茶色があります。しかし、梅茶漬けの色とは似ても似つかない色で、この色目は、栗色に赤味をもたせ、それに紫をかけたような、濃い栗茶色をいいます。別名栗梅色とも言われています。
また、これと似た話で昆布茶はどうでしょう。元々昆布茶色と言っていたものが種々の理由で転じ、媚び茶となったものですが、江戸時代に流行した茶色の一つで、昆布茶に似た色と思いきや、さにあらん。かなりくすんだ黒みの強い茶色であり、赤く焼けた昆布の色と言った方が正しいでしょう。
長い歴史のなかで、色は時代時代で、権力者によって禁色としての色定めがありましたが、茶色の仲間である黄櫨染も御袍の制定を受けた色でもあり、勅許を得なければ使うことは禁止されていましたし、ほかの茶の仲間の色も似たような扱いがあったのです。
私たち日本人が好み、さりげなく用いる茶色は、その種類を多くし、多くの場面で用いられていますが、同時に、紫同様高貴色としての色合いも持ち合わせているのです。

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