■第13回:「お構いなしの鼠色」
戸津川 晋(東洋インキ製造株式会社・広報室)
印刷インキの話をする前に、見慣れた色について「肩が凝らない簡単話」をまとめましょうと、白から始まった色の話もいよいよ「鼠色」まできました。
鼠色は、まさに生き物の「鼠」そのものの色で、昔から言われている「四十八茶百鼠」の言葉は、茶とともに鼠色が私たちの生活のごく身近にあり、多くの場面で用いられていることを、うまく表現している格言と言えましょう。
後に不思議で面白い鼠色についてお話ししますが、そもそも鼠色はいつ頃生まれた色の名前でしょうか。また、鼠色と混同する色に「灰色」があり、鼠色と灰色の面白い関係も考えてみましょう。
私たちは普段色名を表現するとき、特に意識しないで日本語と英語を用いていますが、鼠色を英語で表現するときには、ラットと言う人はほとんどなくて、大部分の人は「グレー」と表現しています。では、グレーは何色ですか?と質問するとこれも大部分の人からは、「灰色」という答えが返ってきます。それでは、灰色は英語で言うと?・・・「グレー」です。「あっそうかもしれない」と思っていただけるでしょうか。
この表現は、中学生以上であれば年齢に関係なく、男女とも同じ回答であることを確認しました。その理由の解析を後に行おうと思いますが、何とも不思議な気がします。
鼠色の話の時に、灰色の話は変なものですが、灰色は色名のとおり草や木が完全に燃えた後に残った「灰」の色をさしますが、鼠色と灰色の色票を並べてみると、表面色では灰色と鼠色はきわめて近似した色でほとんど差がありません。
日本の文化は、陰影が基本とも言われていますが、光と影を生かし、特に影の部分の色が侘び・寂の原点で、灰色や鼠色はまさに、陰影の暗さの文化を象徴する色と言えましょう。
灰色と鼠色の関係では、鼠色の名称が用いられるようになるのは江戸初期になりますが、灰色は天平勝宝二年頃、「銀塵(ぎんぢん)」二分二鉄界料という文章が正倉院文書に残されており、これが灰色に近い色と推測されます。
灰色は古くは墨色に含まれた色で、墨色を5種類に薄め、濃い順に焦・濃・重・淡・清階調に分け、これら薄めたすべての色を灰色と表していたようです。
灰色は、古くは「鈍(にび)」と言われていましたが、平安時代は不吉・不浄の色として、墨とともに好意的に使われることなく、後に禅の思想の影響を受けるまでの間は、単に「色(いろ)」と表現されていたようです。
私たちは、歌舞伎や茶道、また古い佇まいに接するとき「侘び・寂」を同一語として扱うことが多いのですが、「寂」の言葉は室町時代の色彩と深い関わりをもっており、鎌倉時代の「張」に変わって出現しました。
寂の精神は、静寂に深い喜びと老い枯れて味わいのあることの、幽粋と枯淡を意味し、色で表すと、鮮やかさを抑えた水墨画がもっている無彩色であり、墨の濃淡と湿潤であり、灰色の「寂」はこのような背景で位置づけられているようです。
鼠色も灰色も色名としてはそれほど古いものではなく、江戸時代初期の16世紀頃から「鼠色」が出現しています。
この背景には、江戸時代の装飾文化が大きく関係し、徳川幕府の奢侈禁令と深く関わりをもち、鼠色や茶色の種類が急速に増えてきます。
江戸時代初期、それまでの武家政権から経済的に実権を握った町人や商家に文化が移るにしたがい、町人の新しい力を誇示する「華美な生活」が増え、なかでも服飾に関しての贅沢は幕府に不快を与えました。
その内容は、総鹿子や絹羽二重または金糸や銀糸をあしらった高価な縫箔摺箔などで、江戸幕府は武士階級が圧迫されることを恐れ、徳川禁止令を発しました。
徳川禁令は、将軍の代替わりの都度発令され、なかでも五代将軍綱吉の時には、都合59回の禁止令が発せられたようです。
禁止令の内容は、布地の種類から染め色にまでおよび、町人の着物地は紬・木綿・麻に限られるという徹底ぶりで、染め色も「茶・鼠・納戸」がお構いなしの色として許されるという具合でした。
制限されれば、さらに欲望が増すのは世の常で、これらの禁止令に対して町人・商家は「お構いなしの色文化」を独自の文化で深め、複雑な茶や鼠色の多色化を図っていくことになります。
茶色に比べて鼠色は、歌舞伎役者の衣装色との関わりも薄いことから、実際に色名が増えたのは江戸後期で、江戸前期には元禄五年に発刊された「女重宝記」と「染色註初抄」に、鼠色と藤鼠色が掲載されていることが、長崎盛輝著「色・彩飾の日本史」に記されています。
武士階級体制への対抗と畏敬は、江戸後期には入りこれらの行為を「意気」なこととして町人社会に定着させ、『粋』として新しい価値観を形成しはじめます。
薄化粧・素足・崩し姿・鼠色・茶色・藍・江戸紫・縞模様・雷模様・格子模様・桝模様などが代表的な「粋」であることが、城一夫著「色彩の文化史」に記されており、粋の色としてこのころより鼠色が、急速に色名を増やしていきます。
やはり色名の主は、生活にとけ込んでいる衣服で、鼠色と灰色が同じような意味合いで「染め」の世界を形成し、陰影の美しさを伝えています。
百鼠と言われる鼠色ですが、ここまで灰色と同じ位置づけでお話ししてきましたが、ここで鼠色と灰色の違いを見てみましょう。
灰色は、墨よりも白に近い淡いグレーで、銀鼠より少し赤黄を含んだ色です。それでは銀鼠はと言うと英語で言うところのシルバーグレーで、白金の輝きに似た明るい薄鼠色をさします。薄鼠色は・・・。これではどこまで行っても分かったようであまりよく分かりませんね。
鼠色は、「粋」の色と言われるごとく、英語の表現のように単純に言い表すことは困難なのです。詩の心や、見える色の奥に深い感情が含まれており、赤や青のようにハッキリした色の境目がないのです。
ちなみに、鼠色の仲間の色名の数、人や地域で変わりますが、おおよそ五十色あげることが可能です。
奥深い鼠色、本当の味わいのある色、時として「灰色」と色名をかえる、それぞれの鼠色の歴史の語りに耳を傾けて下さい。
次号からは、いよいよ本題の印刷インキの「四方山ばなし」に入りたいと思います。

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