■第23回:「インキの材料 2−ベヒクル」
戸津川 晋(東洋インキ製造株式会社・広報室)
印刷インキを構成する材料を大きく分けると色料・ベヒクル・補助剤から成り立っている事をお話してきましたが、前回お話しました色料と共にベヒクルもまた重要な材料の一つです。色料を被印刷体に「運ぶ」役目と「固着」する役目をもっているベヒクルは、大きく分けて樹脂・油・溶剤など、材料そのものと、これらの各材料を目的別・用途別に混合し、粘性を調整したものを指しますが、一般的なベヒクルの意味合いは、天然及び合成樹脂を乾性油や溶剤で溶解し、粘度・色度を合わせたものをいいます。
それではベヒクルの基になる樹脂、油、溶剤についてもう少し詳しく調べてみましょう。
樹脂という言葉から、私達の生活から遠い感じを持つ方もいらっしゃいますが、樹脂は現代社会において形を変化させ、私達の身近に多く存在しているものの一つと言えます。
印刷インキ用樹脂から話は少し離れますが、テーブルの表面などにはメラニン樹脂塗装が施され、サンダルや靴底にはウレタン樹脂、ペットボトルにはポリエチレン樹脂が、カップラーメンにはスチレン樹脂を、そして鮮やかな衣装素材としてポリエステル樹脂などが生活の中に活かされていることからも樹脂は身近であることがわかります。
印刷インキに用いられる樹脂は、アルキッド樹脂やロジン変性フェノール樹脂などが代表として挙げられますが、樹脂の区分も大きく三つに分けることができ、松ヤニなどの天然樹脂、硬化ロジンなどの天然樹脂誘導体、そして現在私達が最も多く接する合成樹脂に分かれます。
印刷インキ用天然樹脂として最も多く使用されているものはロジン(松脂)で、他に貝殻虫の分泌物であるシェラックやギルソナイトなどがあり、オフセット印刷用インキやグラビア印刷用インキのベヒクルとして使用されている。
印刷インキの天然樹脂誘導体として代表的なものは、オフセット印刷用インキにもグラビア印刷用インキとしても用いられるエステルゴムが挙げられ、このエステルゴムは松脂をグリセリンを溶媒にエステル化したもので、松脂をそのまま使用すると酸化が高く、扱い難いなどの不都合が、天然樹脂誘導体エステルゴムにより、松脂よりも酸化が低く、後に説明します合成樹脂を含む、他の樹脂との相溶性も良くなり、亜麻仁油等の乾性油とも相溶性がアップします。
ここでは、天然樹脂・合成樹脂の他に天然樹脂誘導体というものがあるということをご理解下さい。そして、次にお話します合成樹脂の話の折に変性、モデファイという言葉が出てきた時に、天然樹脂誘導体を思い出して戴きたいと思います。
また、現在当たり前になっている石油系合成樹脂ワニスインキが、日本で生産されるようになったのはそれ程古いことではなく昭和27年4月、東洋インキが米国・インターケミカル社との技術提携により開発した、煙草の外函「ピース紺藍」用インキでした。
合成樹脂ワニスインキが出現するまでの日本の印刷インキは、亜麻仁油を重合させた20〜40ポイズ程度の低粘度のベヒクルで、これに無機顔料やレーキ顔料を加え、所謂ピグメント・ボデイのインキが大部分でした。
少し横道に逸れましたが、現在印刷インキに用いられています合成樹脂の種類は主なものでも約20種に達し、なかでもフェノール樹脂、アルキッド樹脂及びこれらをロジン変性したものが多く使用されています。
このシリーズの最初の項でもお話しましたように、印刷方式は人によって分類の方法に違いはあるものの、大凡6種に分ける事が出来、インキの種類もそれに合わせて多くの種類があり、樹脂も同じように活版用インキ・オフセットインキ・グラビアインキ・スクリーンインキ・フレキソインキ・ジェットプリントインキ用として、使い分けられています。
インキタイプと樹脂の種類について、片山賢二氏が分かりやすく纒めた、「上手に使いこなす印刷インキ」(日本印刷新聞社刊)を引用しますので参考として戴きたいと思います。
また、最近話題になっていますジェットプリントインキについての、樹脂については極々少量の使用量で、ここでいうベヒクルの捉え方と異なりますので、この項では割愛させていただきます。
ベヒクルの善し悪しに大きな影響を与える印刷インキ用樹脂、インキ会社のみならず多くの化学メーカーが、今も更なる高機能樹脂の完成を目指し、鎬を削っているのです。
モノを運ぶ際の「荷車」の意味を持つベヒクルを構成する、『油』の部分には、多くの種類の油が使用されており、植物油・鉱物油・加工油・動物性油脂などがあります。
そもそも、印刷インキでいうところの「油」とはどのようなものを指すのでしょうか?一般的な油の解釈は「常温下において、形態が液状であり、外部から力を与えない状態で水に溶解せず、引火性を有するもの」と理解されており、大きく分けますと、大豆油や菜種油、ヤシ油などの『植物油』に属するもの。石油を原料とし、精製の度合いにより区分けされます『鉱物油』に属するもの。ここにはスピンドル油やマシーン油などが含まれます。
加工油という言葉はあまり耳にしませんが、これはもともと存在する植物油の亜麻仁油やキリ油などを、熱をかけるなど加熱重合させ、元来の粘性を上げたり、或いはゲル化を行うなど、本来の「油」が持っている性能を大幅に変化させることなく、何らかの手を加え加工したものを『加工油』といいます。
印刷インキに用いられる「油」としては、どれも大切で、必要なものですが、中でも分類上は植物油に含まれる乾性油は、重要な「油」で、使用量も多いものです。
植物油をさらに区分けしますと、二重結合基を多く持っている亜麻仁油・えの油・桐油など、空気中に含まれている酸素と酸化重合によって乾燥形態をもつ「乾性油」、また、ひまし油やオリーブ油のように、二重結合基をもっておらず、空気と触れても乾燥することのない「不乾性油」、さらには、これらの中間に位置し、僅かの二重結合基をもっており、乾燥には長い時間を要するものの、乾燥形態を示す「半乾性油」があります。
半乾性油には、綿実油や環境を意識し、現在多くの方から広く関心がもたれ、使用量を急速に伸ばしている「大豆油ワニスインキ」などで、おなじみの大豆油は、この半乾性油に属します。
したがって、印刷インキに多く用いられている「乾性油」は、あまり聞きなれない言葉ですが、常温の状況下で、空気中に含まれている酸素との酸化重合により、乾燥性を保持する「油」で、空気に触れると乾燥する油と解釈しても間違いではありません。
印刷インキを造るうえで、油そのものが持っている乾燥性能は重要で、この乾燥性の違いによって乾性油・半乾性油・不乾性油それぞれが印刷インキ用「油」として用いられています。
話が横道に逸れますが、大豆油ワニス使用印刷インキが、開発当初「乾燥面で一般印刷インキに比較して、若干乾燥が遅い」という話を耳にすることがありましたが、これらは用いる大豆油の特性として半乾性油であり、半面通常使用しているインキが亜麻仁油であり、乾性油であるため、乾燥性について指摘を受けることがあったのです。
勿論これらのことは、現在においては解決済のことで、全く問題のないところで、環境対応インキとして高い評価を戴いておりますが、1990年当時業界において最も早く、大豆油使用ワニスを手掛けた東洋インキは、この「大豆油」が有する特性と乾燥性を融合させるために、大いに苦労をした時期があったのです。
一般的には、この乾性油と樹脂、それに石油系溶剤を、小さなもので20リットル、大きなもので3t程の溶解釜に混入し、約180℃〜220℃の温度をかけ粘度、色調を整え、ワニスの状態にしますが、今回のもう一つの項目、「溶剤」についての話に移りましょう。
溶剤という言葉は、どちらかというとオフセット印刷の場面より、グラビア印刷の場面で多く用いられることが多く、この場合の「溶剤」の意味合いは若干異なっている様にも思えます。
現在、印刷インキに用いられている「溶剤」の種類は、グラビアインキ、オフセットインキを合わせると相当数に上りますが、区分けの違いはあるものの白灯油などの鉱物油系・トルエンやキシレンなどの芳香族系、酢エチやエチルアセテートなどのエステル系、メチル・エチル・ケトンなどのケトン系、さらにはイソ・プロピル・アルコールなどのアルコール系ほかにエチレン、ジ・エチレンなどグリコール系の溶剤があり、これらの溶剤を、溶解性や乾燥性また印刷素材との濡れ度などを勘案し、ブレンドし使用するとなるとその溶剤の種類は、天文学的数字になるものです。
一般的に、溶剤に求められる機能を述べますと、樹脂に対する溶解性を備えていること、顔料など色材との相容性が必要で、樹脂を溶解し、適度の粘度と流動性、印刷機械上での転移・接着性を保持していることが必要です。
次に粘度の調整能力を備えていることで、ベヒクルの粘度を下げ、流動性をもたせる能力が必要です。
希釈溶剤として、超早口・早口・標準・遅口・超遅口など乾燥速度調整を行える能力を保持していることで、この特性は特にグラビアインキ溶剤としては、必要なものとなります。
最後に、印刷素材に対する表面適性が必要で、濡れ・膨潤・伸縮・密着性・臭気・ブロッキングなど印刷適性を含めて、これらの特性を保持していることが「溶剤」には必要なのです。
乾性油と溶剤についての入門話を駆け足で綴りました。不足のところもありますが、多くの書物も出ていますので、不足の分は是非付け加えを戴きたいと思います。

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