■第4回:「紙の素顔」
小宮 英俊(紙の博物館学芸部長)
揉んで柔らかくした鼻紙には母親の愛情が温もりとともに柔らかい感触として子供に伝わっていたに違いありません。
ティシュペーパーの柔らかい感触はこの揉んで柔らかくした鼻紙と似ています。ティシュペーパーを使うたびに母親のことを思い出すのはセンチメンタルすぎるのかもしれませんが。
ティシュペーパーが柔らかい感触をもっているわけは紙の表面構造にあります。ティシュペーパーを一枚取り出して見てみましよう。こまかい皺が一様に付けられていることが肉眼でもわかります。走査型電子顕微鏡で見ると(第1図)、きれいに波形(ウェーブ)が付けられているのがよくわかります。
ティシュペーパーはあまり叩解していない嵩高な薄い紙に、この波形の皺を付けて、クッション性と柔らかい感触を与えているのです。
敗戦後、アメリカから紹介された生活用品の中でも特に使用量が多いのはティシュペーパーです。日本人はアメリカ人より多くティシュペーパーを消費しています。
ちり紙の高級品はかつては京花紙でしたが、近頃はほとんど見られなくなりました。モダンな箱から必要量が容易に取り出せて、しかも柔らかい感触はたちまち普及させずにはおきませんでした。
町を歩くと、広告のチラシにティシュペーパーが手渡されます。ティシュペーパーがそれだけ身近にあり、値段が安いからでしよう。
さて、ティシュペーパーのこまかいウェーブ(皺)はティッシュマシンで作ります。薄く抄きあげた湿紙は大きなヤンキードライヤーに張り付けられ、一回転する間に乾燥し、クレーピング・ドクターのブレードで掻き取られます(第2図)。このとき細かい皺が付けられます。掻き取るブレードの角度で皺の深さやピッチを調節しています。
| 第1図 フェインシャルティッシュペーパーの表面 | 第2図 ティッシュマシンのヤンキードライヤー | |
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![]() 走査型電子顕微鏡写真 ×60 (新王子製紙中央研究所提供) |
![]() クレーピング・ドクターで掻き落とすときクレープがつけられる 【J.E.Kline: Paper and Paperboard より】 |
| 第3図 東大寺、二月堂のお水取りに使う紙衣を作っているところ |
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![]() (紙の博物館提供) |
芭蕉も「奥の細道」に旅立ちの餞に贈られた紙衣を持参しています。和紙に渋やこんにゃく糊を塗って、防水性と強度を持たせているので、よく揉んでいないとゴワゴワしてとても着られたものではありません。
紙衣は白石紙や泉貨紙など厚手の和紙に渋やこんにゃく糊を塗り、乾かしてから、細い棒に巻き付け、上から押さえ付けて皺をつけました。
三月の初め、奈良の東大寺のお水取りが行われます。二月堂の欄干から振り回される松明をみると春が来たなと思います。
このお水取り、修二会を務めるお坊さん(練行衆)は紙衣を着ています。これは代々、身を清めた練行衆が別火坊で、来年の練行衆のために和紙にこんにゃく糊を塗り、乾かして、良く揉んで作っています(第3図)。これも皺の効用です。
普通の光学顕微鏡で見てみると紙の表面は光線が乱反射してよくわかりません。走査型電子顕微鏡で見てみましよう。
| 第4図 上質紙のフェルトサイド | 第5図 上質紙のワイヤーサイド | |||
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F面×100 |
F面の反射電子像×100 |
W面×100 |
W面の反射電子像×100 |
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山陽国策パルプ(現日本製紙)商品研究所提供 |
山陽国策パルプ(現日本製紙)商品研究所提供 |
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第4図は上質紙の表側にあたるF面(フェルトサイド)です。紙の表面が比較的平らで、細かい凹みや穴が少ないことが見えるでしよう。
同じ上質紙の反射電子像が右の写真です。白い点が填料のタルク粒子です。繊維と繊維の間をタルクが埋めており、全面に散らばっているのが見られます。反射電子像では凹凸や穴がよくわかります。
第5図は上質紙の裏側にあたるW面(ワイヤーサイド)です。パルプが水に分散している原質が、抄紙機の金網で濾し分けられて生ずる湿紙の金網に接する面がW面(ワイヤーサイド)です。反対側がF面(フェルトサイド)になります。
W面では繊維が剥き出しになっているのがわかります。抄紙機の金網の下から真空で吸引されているので、細かい繊維が抜けてしまい、W面は凹凸が目立ちます。
反射電子像で白くみえるタルクの粒子も真空で吸引されて少なくなっています。凹凸や穴はF面より多く、よりはっきりと見られます。W面は平滑度がF面より低いことはこの写真からも認められます。
手触りや肉眼では区別がつかない上質紙も、走査型電子顕微鏡で見るとこんなに違うのです。F面(表面)よりW面(裏面)は平滑度が低いことがわかると思います。
現在の新聞用紙の表面を走査型顕微鏡で見ても、どちらが表でどちらが裏か見分けがつきません。
現在、大部分の新聞用紙はツィンワイヤーマシンと呼ばれる抄紙機で作られています。これは、二枚の金網の間に原質(調整したパルプ液)をヘッドボックスから吹き出し抄き上げます。
脱水は両面からなされるので、表面・裏面が出来ません。ツィンワイヤーマシンで作った紙の表面をそれぞれA面、B面として表します。表面でも裏面でもない第3の面と言えるでしよう。
紙は表裏で平滑度などの性質が違います。この表裏差を無くすことが製紙技術者の夢でした。ツィンワイヤーマシンで作った紙は表裏差はありません。製紙工業における最近のすばらしい発明の成果と言えるでしよう。

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