■第11回:「コンピュータ時代の紙」
小宮 英俊(紙の博物館学芸部長)
しばらく前まで、コンピュータ時代はペーパーレスの時代で、オフィスに見られた書類の山は過去の話となり、新聞も宅配がなくなり、読みたいところだけがファックスで送られてくるので紙ゴミは減少し、銀行もキャッシュレスカードで一切がOK、ショッピングもカードでと言われたものです。
実際はどうでしょう。キャッシュレスカードは確かに広く使われていますが、オフィスの紙ごみはむしろ増えました。家庭の紙ゴミ、古新聞も減ってはいません。コンピュータ時代はペーパーレス時代ではなくペーパー多消費時代なのかと錯覚を起こすくらいです。
ただ、これも過渡期の現象で、これからは次第にペーパーレスに移行していくことは確実でしょう。でも本当にペーパーレス社会になり、紙が使われなくなるのでしょうか。記録材料として、紙ほど使いやすく、手軽に使える素材はありません。紙はこれからも残り、使われていくと考えています。
コンピュータ時代が始まるとともに、なぜ減るはずのオフィスの紙ごみが増えたのでしょう。
紙は情報の記録材料として予想以上に多く使われました。生の情報はコンピュータにインプットされると信号に変換され、演算、記憶、(伝送)されます。処理情報は各種の記憶媒体に記憶されています。
記憶された処理情報は各種のハードコピーとしてアウトプットされて初めて利用することができます。紙は処理情報のハードコピーとして、もっとも使いやすい素材です。
紙にコピーされた情報はそのまま、肉眼で読み取ることができます。書き換え、追加記入も容易で、価格が安く、保存性が良い、取り扱いが容易、廃品のリサイクルが可能などの特性をもっています。これらの特性は他の記録媒体(磁気記録、光記録、マイクロフィルムなど)に比べて断然優れています。
コンピュータ時代に入り、事務処理のOA化が進むとともに、使いやすい記録材料である紙がまず多く消費されたのは当然の成り行きと言えるでしよう。
情報用紙には多くの品種があります。この中のコピー用紙の歴史を見てみましょう。
戦後しばらくの間、学術発表のほとんどは模造紙に墨で書いたビラが使われていました。発表や講演の要旨はざら紙にガリ版刷りの小冊子でした。
会議の資料もガリ版で刷ったもので、公式の書類は邦文タイプ、英文タイプの謄写印刷物でした。学会の発表会、講演会のあるたびに、これらの手作りの印刷物を作っていた頃のことが思い出されます。
1955年(昭和30年)ジアゾ感光紙のリコピーが発売されました。国産複写紙の第1号です。
紙にジアゾ化合物を塗ったもので、複写したい原稿を重ねて、上から光を当てると原稿の文字や図形で光が遮られ、その部分のジアゾ化合物は光分解しません。それを発色剤(カップラー)のアルカリ性溶液につけると反応して色素を生成し発色します。一方、光の当たった部分のジアゾ化合物は光分解しているので、発色しません。これによって簡便な複写物が得られるので、事務用書類の作成などに広く使われました。
当時、感熱複写紙も3M社の製品がありましたが、品質、価格はジアゾコピーに劣ったものでした。
1965年代(昭和40年代)まではジアゾ感光紙は複写紙の花形でした。しかし、これらの複写には透過原稿がなければなりません。ジアゾ感光紙の保存性もあまりよくありません。また複写した書類が変色するなどの欠点がありました。
ゼロックスコピーに代表される、普通紙に複写できる電子写真複写法のコストが下がると、事務用書類などの複写は電子写真複写に主役を譲り、事務室からジアゾ感光紙は消えていきました。しかし、ジアゾコピーは図面などの寸法精度の高いコピーに現在も使われています。老兵は生きていると言ったところです。
初めのころのものは文字や画像の再現性が悪く、コピーしたものを原稿にして複写すると、2〜3回で判読不明になったものです。近ごろの電子写真の品質はよくなりました。随分進歩したものです。電子写真複写法はこれからも主要な複写法として伸びていくと考えています。
また、電子写真複写法の一つにエレクトロファックスがあります。この複写方式では光伝導性酸化亜鉛を塗布した塗エ紙が使われるので、事務用の複写としては普及しませんでした。むしろ軽印刷のファックスマスターとして広く使われました。
昔から使われていた感圧複写紙のカーボン紙に代わり、一見無色の紙から複数枚のコピーが採れるので、事務処理の能率向上、省力化に貢献しました。
無色のロイコ染料を油に溶かし、水の中に微粒子として分散させ、ゼラチンなどでこの微粒子を包み、微粒のマイクロカプセルを作り、紙の下面に塗って上用紙とします。これを酸性白土などを塗った下用紙に重ねて、上からボールペンなどで文字を書くと、圧力のかかった部分のマイクロカプセルが破れて、ロイコ染料が下用紙の酸性白土と反応して発色します。複写を採るのにいちいちカーボン紙を挟む必要がなく、きれいで手際よくコピーが採れます。
日本では1963年(昭和38年)に国産のノーカーボン紙が発売されています。初めの頃、ロイコ染料を溶かす油にポリ塩素化ジフェニール(PCB)が使われました。カネミオイルのPCB事件以後、有害なPCBなどは使われていません。現在のノーカーボン紙は無公害の製品です。
日本のノーカーボン紙の品質は世界のトップレベルであり、世界市場で競争力のある数少ない紙製品の一つです。
コピーのカラー化、高速記録、高画質記録などの要求に応えることのできる記録方式として、注目されているのがインクジェット記録です。比較的新しい記録方式と言えます。これに使われるインクジェット用紙として、普通紙に近い非塗工紙と塗工紙が市販されています。最近のインクジェット記録の品質はすばらしくきれいになりました。
磁気記録、光記録など素材にプラスチックスなどを使用した新しい記録媒体が次から次に開発され、その性能もよくなっていますが、紙を素材とした記録紙はこれからも使われていくと考えています。

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